北アイルランドへ
アイルランドは観光に力を入れているようで、街には沢山のツーリストインフォメーションがあり、そこで様々な1dayツアーを観光客に提供しています。
ものすごく天気が不安定な国なので、天気を見てからすることを決めたいということもあり(実際には天気を予測するなんてことは不可能なのだけど)、現地で行き先を決めることにしました。
まず向かったのは北アイルランドの中心地、ベルファスト。
途中で国境をまたぎ、イギリスに入ります(通貨もポンドになるし、赤いポストや電話ボックスも出てくる)。学生時代の遠い記憶を呼び戻す感じですがイギリスの正式名称って「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国」ですよね。その「及び以下」のところに来た訳です。
アイルランド島の北の端っこだけ実はイギリス。何か複雑そうな匂いがしますね。その複雑な歴史をこのツアーでは学びます。
タクシーの運転手さんに、紛争跡を中心に街のあちこちを2時間ほど案内してもらいました。
アイリッシュ訛りのせいもあるのか、悲しくなるくらい運転手さんの英語が分かりませんでしたが、北アイルランドの歴史を垣間見ることが出来たのは貴重な経験でした。まさに百聞は一見に如かず、です。
観光の目玉になっているのはPeace wall / line(ピースウォール、またはピースライン)という、カトリックとプロテスタントの居住地を物理的に分かつ壁。北アイルランド問題は少し知っていましたが、ここに来るまでこのような壁があることは知りませんでした。
この壁にはテロやハンガーストライキによって亡くなった人たちの絵や政治的なメッセージなどが描かれており、北アイルランド各地に点在し、全長は約2キロにもなります。
この種の負の遺産を観光として訪れるときは不謹慎というか、若干の抵抗を感じますが、せっかく来たのだから少しでも歴史理解に努め、過去の真実に向き合えたらと思います。
観光資源になるくらい現状は落ち着いたという喜ばしい側面もありますが、この壁を観光資源として残すことにより、カトリックとプロテスタントの融和の障害になっているような気もして複雑な気持ちになりました。
まだ書いていませんでしたが、アイルランドは熱心なカトリック国です。一方、北アイルランドにはカトリックとプロテスタントが住んでおり、その二つの宗派による対立が今もなお、ピースウォールとして目に見える形で残っています。
なぜ北アイルランドには2つの宗派が存在しているのか。疑問に思い調べてみたところ、17世紀のエリザベス1世、ジェームス1世あたりの時代に起源がありました。当時アイルランドは、イギリスのヘンリー8世の離婚問題から誕生した英国国教会を強要されていましたが、それに強く反発していました。イギリスはこの抵抗を武力で押さえつけ、アイルランドを統治。そして破れたアイルランド北部の領主達はイギリスに土地を明け渡し、イギリスはその地にプロテスタント(英国国教会)を移入させ、結果異なる宗派の人々が北部アイルランドに存在することになりました。
イギリスはカトリックの人たちに対し、非常に理不尽で不平等な支配をしたため、北アイルランドにおいてこの二つの宗派が対立したのです。
見た目からベルリンの壁を思い出しました。
が、このピースウォールの成り立ちはベルリンのそれとは全く異なります。カトリックとプロテスタントの住民の対立がきっかけで、1970年代初頭にそれぞれの宗派の住民がそれぞれに対する暴力行為から自衛するために造られました。
最初は段ボールや木片、コンクリート片などのバリケードでしたが、住民同士の暴力行為の激化から「平和の壁」となり、固定化してしまいました。ネーミングが何とも皮肉的です。
この地域は、ユニオニスト(イギリスとの連合を主張)とナショナリスト(アイルランド全統一を目指す。IRAが有名ですね)による紛争が長らく続いていましたが、2005年にIRAが武装闘争の終結を宣言し、現在は観光も出来るくらい落ち着いている状況です。
ベルフェストの話がちょっと長くなってしまいましたが、この後は、吊橋とジャイアンツゴーズウェイへ。奇跡的に晴れ間が出て来て車窓の風景を楽しむことが出来ました。ほぼ天気が悪いところなので青空の嬉しいこと!ひたすら続く牧草地とエンクロージャーと羊の風景を何枚も写真に撮りました。
ジャイアンツゴーズウェイは火山活動によって生まれた約4万の六角形の石柱で有名なところです。ツアーの感想は天気に左右されると思いますが、私たちはこのツアーを選んで大満足でした。
社会勉強をして雄大な自然の中でハイキング。とても有意義な1日でした。
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